歴史

◉ 上高地の主 上條嘉門次とは

 上條嘉門次(1847~1917)は、日本近代登山の父、W・ウエストン夫妻の山案内人として知られています。上高地で猟師をしていた嘉門次は、14歳にしてはじめてカモシカを撃ちとり、生涯でクマ80頭、カモシカ500頭は仕止めたと伝えられるほど、抜きん出た腕の持ち主でした。32歳の時には明神池のそばに自分の小屋を持ち、遠くは黒部まで足をのばすほど上高地一帯の地形を熟知していました。明治に入り、外国人技師や教師らが日本の山に入りはじめると、嘉門次の知識、登山技術は高く評価され 山 案内人として活躍。

 

嘉門次の案内で槍ヶ岳に登頂したW・ウエストンは、とりわけ嘉門次の人柄と技術に敬服し、著書「日本アルプスの登山と探検」でも嘉門次をたたえています。すっかり評判になった嘉門次は、以降多くの有名人を山に案内し、また夫人をともなって再来日したW・ウエストン夫妻を、槍ヶ岳、穂高岳、焼岳、霞沢岳に案内しています。

上高地を愛した嘉門次とW・ウエストンの2人の親交は20余年におよび、友情の記念として贈られたピッケルが現在も残っています。

  
 

 
 
 ◉ 嘉門次 嘉代吉 孫人の物語 〜 100周年記念編纂「三代の山」より抜粋


「三代の山」〜嘉門次小屋100年のあゆみ〜 

ごあいさつ

私が当小屋に入りましてから、早いもので十四年になろうとしています。この間、山小屋経営未経験の私にとっては、夢中でただ時がたってしまった気がします。昭和四十年と今回、増改築をして、快適に登山者を迎えられるようになったことと、昭和五十年に、安曇村の姉妹村スイスのグリンデルワイドを訪れた際に、英国まで足をのばして、嘉門次を可愛がり世に出るきっかけをいただいた、故ウォルター・ウエストン氏の墓に参られたことは、嬉しい出来事でした。このたび百年をひと区切りとして、主だった三代の概略をまとめた小冊を造り、記念といたしました。とり急ぎまとめたために不備な点も多くなりました。おいおい父孫人の記録も整理してみたいと思います。これから心新しくして、百一年目を踏みだしたいと思います。

皆々様の御厚情と御指導をたまわりたく、お願い申し上げます。

 昭和五十四年秋  上條 輝夫 啓白

 

目次

嘉門次

嘉代吉

孫人

・穂高より槍ヶ岳へ 藤山愛一郎

・思い出すままに  藤山愛一郎

・嘉門次翁を訪ねて 奥原 洋司

・嘉代吉の軍隊手帳

・嘉門次隠居と嘉代さ

・嘉門次祖のことなど

・わが祖父嘉門次を語る

・明治の猟師